川井書生の見聞録

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ノーラン風「007」 映画『TENET/テネット』を解剖してみる(書生の映画日記2)

 今週のお題「最近見た映画」。と言うことで、大学生4年間で2000本近くの映画を見た僕が、クリストファー・ノーラン監督の『TENET』を見た感想と考察を書いてみる。

 『鬼滅の刃』のヒットは様々な先行作品から影響を受けているからと言われているが、それはクリストファー・ノーランの『TENET』にも当てはまる。物語のジャンルや構成は既存の作品からの影響を多分に受けている。だがそれに加えて、この映画はノーランのエッセンスをも含んでいるからこそ、オリジナリティに溢れているのである。今回はこの映画を3つの点から考察してみようと思う。

 (※もし本記事を引用・参照される場合は参考文献または注釈として記載をお願い致します。またその場合はコメント頂けますと幸いです。)


TENET Trailer #1 Official (NEW 2020) Christopher Nolan Movie HD

⑴ ノーランらしくない不自然なカット

前半にある不自然な2つのシーン

 この映画の構成は、主人公が初めて時間を逆行するタイミングを折り返し地点として、前半と後半に分けることができる。前半では主人公(と観客)が物語の謎を追いかけていき、後半でその謎を主人公(と観客)が解明していく。この構成は2018年に上映された上田慎一郎の『カメラを止めるな!』に似ている。この映画も前半のワンカットゾンビ映画で起きた不自然な出来事を、後半で説明している(『カメラを止めるな!』では後半の方が長く、『TENET』では後半の方が短い)。

 『TENET』が『カメラを止めるな!』と構成の面で異なるのは、主人公もまた観客と同じ情報量で物語が進んでいくため、観客がより主人公に感情移入する点である。しかし、後半部分が前半に起きた不自然なシーンの答え合わせであることは、どちらも変わりない。

 さて、『TENET』の前半における不自然なシーンを2つ挙げよう。1つは敵であるセイターの妻・キャットの回想シーンである。この映画は極力無駄なシーンを省きスピーディな展開となっている。例えば、主人公がインドへ行く時、インドからマイケル・ケイン演じる貴族に会いに行く時、そこからキャットに初めて接触するシーンへ移行する時など、主人公が移動するカットもしくはその建物の外観を映したカットがあってもおかしくないのだが(むしろその方が分かりやすくなる)、ノーランはそのようなカットを不必要なものとして省略している。このようにノーランはカットを減らし、スピーディで謎めいた展開にしているのにも関わらず、キャットが主人公と初めて会った夜、ベトナムでの出来事を回想しているシーンで一見不必要なカットが挿入される。それは水着の女性がクルーザーから海へ飛び込むカットである。このシーンにおいて、キャットは飛び込む女性が自由で羨ましかったと、その時の状況をセリフで描写しているので、はっきり言ってこのカットは過剰な説明であり、ただのイメージの挿入である。なぜ、カットを切り詰めてきたノーランがここで無駄なカットを入れたのか?この違和感が後半で回収されるまで心に残り、最後の感動へと繋がるのである。

 もう1つの不自然なシーンは、オスロ空港で見知らぬ2人と乱闘になる場面である。主人公は時間を逆行してきた兵士と殴り合いになるが、主人公の相棒であるニールは敵のマスクを剥ぎ取っただけで、乱闘が終了してしまう。相手はニールの元から逃げ、ニールもまた相手を殺そうと追いかけることはしない。主人公の格闘に比べると不完全燃焼であり、観客は違和感を覚えるのだ。

後半で不自然さが自然となっていく

 物語の後半、主人公たちが時間を逆行していく中で、これら不自然なカットの本当の意味が明らかになってくる。オスロ空港での乱闘シーンは逆行してきた主人公と順行している主人公が対決していたのである。加えて、ニールがマスクを剥ぎ取った相手も主人公だったのである。ニールはマスクを剥ぎ取りその人物が主人公だと認識したからこそ、追撃をやめたのだ。

 クルーザーから海に飛び込んだ女性が自由で羨ましいとキャットが回想したシーン。飛び込んだ女性は時間を逆行してきたキャットであると最後に明かされる。己の夫であるセイターを殺し、キャットは晴れて自由になれたのである。つまりこのシーンがキャットの回想で挿入された意味は、キャットが自由になるという願望を叶えたことを観客に伝えるためなのである。

⑵ SFチックな007映画

 さて、このキャットという人物は007に出てくるボンドガールに近いものを感じた。007シリーズに登場するボンドガールとは、主人公であるジェームズ・ボンドを助ける存在である。しかし大抵の場合、ボンドとボンドガールは任地で出会ったり、敵同士で出会ったりすることが多い。しかし、たとえ最初は敵だったとしても彼女たちはその内面に葛藤を抱え、ジェームズ・ボンドの魅力の前に膝をつき、ボンドの窮地を救うのである。例えば、『007/リビング・デイライツ』のボンドガールは、敵であるソ連の将軍の愛人だった。しかしながら、そのボンドガールはボンドに惹かれていき、最終的にはボンドと共にソ連の将軍と戦うことになる。

 『TENET』のヒロインであるキャットは、敵であるセイターの妻だった。しかし彼女はセイターの呪縛から自由になるために主人公に味方するようになる。このような敵→味方という役割は007シリーズのボンドガールに似通っている。

 また、『TENET』の舞台になるのはウクライナであったり、『TENET』で敵味方追いかけるのは「プルトニウム」と呼ばれるものであったりと、セイターがソ連の人物であるかのように設定している。これもまた、米ソ冷戦を背景に描いてきた007シリーズに似通っているではないか。

 『TENET』の舞台背景や人物設定は、このように007の影響を受けているのである。

⑶ ノーランにおける「時間」

『TENET』のタイムトラベルと既存のタイムトラベル

 しかしながら、『TENET』は007シリーズの真似事では決してなく、ノーランらしさも含まれた、作家性に優れた映画である。この映画にもノーランが自身のフィルモグラフィーの中で何度も扱ってきた時間というテーマがある。

 この映画はタイムトラベル映画とも言われるが、厳密に言うと、タイムトラベル要素とノーランの時間のテーマ要素が混合した時間映画だと言うことができる。タイムトラベル映画は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『テルマエ・ロマエ』『時をかける少女』などSF映画のサブジャンルとして様々な映画があるが、それらの映画のタイムトラベルは「ある地点からある地点へ一気に時間移動する」。つまり1985年のアメリカから一瞬にして1955年アメリカへ、古代ローマから現代日本へ、というようにAからBへワープするかのように時を旅する。

 だが、『TENET』のタイムトラベルは少々異なる。この映画における時間の逆行とは、AからBへワープするタイムトラベルではなく、「AからBへ巻き戻すタイムトラベルなのである」。前者はAからBへの移動を点と点の移動と捉えているが、後者はAからBへの移動を線の移動として捉えているのである。つまり、『TENET』の時間逆行は連続的な時の移動なのであって、1985年から1955年に移動するためには30年の時間を費やさなければならないのだ。

時間の相対性

 なぜ、『TENET』は既存のタイムトラベル映画とは異なる時間移動なのか?その答えを知るには、過去のノーラン作品における時間のテーマを掘り下げる必要があるだろう。『インターステラー』ではその星によって時間の流れる速さが異なっていた。『インセプション』では夢の階層によって時間の流れる速さが異なっていた。『ダンケルク』では陸海空によって描かれる期間が異なっていた。

 このようにノーランの世界では時間が絶対ではなく、相対的である。それはおそらく相対性理論を著したアインシュタインの影響だろう。相対性理論によると、物体が早く動けば動くほど、時間はゆっくり動く。つまり時間の流れる速さは変わるが、その時間はあくまで連続的であり、点と点の間を瞬間移動するようにはならない。

 だからこそ、『TENET』で主人公たちが過去に戻る際にも、彼らが一瞬にして過去に戻ることはなく、1時間前まで戻るのなら1時間逆行し続けなければならなかったのだろう。

⑷ まとめ

 『TENET』という映画を、①構成、②007との類似性、③時間というテーマ、3つの観点から考察してみた。映画の評論になっているかは分からないが、私なりに分析してみたつもりである。皆様にこの記事を楽しんで読んでいただけたら幸いだ。

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次回の映画日記は『コンフィデンスマンJP プリンセス編』

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