川井書生の見聞録

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ハリウッド黄金時代への鎮魂歌 ドラマ『ハリウッド』

 今週のお題「もう一度見たいドラマ」。と言うことで、2020年の自粛期間中に見たNetflix製のオリジナルドラマ『ハリウッド』について言及したいと思う。

 このドラマは第二次世界大戦後のハリウッドを舞台にしている。当時のハリウッドは黄金期であり、ジョン・フォードやアルフレッド・ヒッチコックら偉大なる監督が夢を生産し、ジョン・ウェイン、イングリッド・バーグマンなど錚々たるスターが銀幕を飾っていた時代である。その一方で、同性愛者や黒人は虐げられ、女性もまた力を持っていなかった。この映画で描かれている登場人物の多くは、常に白人男性の影に隠れた存在であったにも関わらず、自らの信念や夢のために戦ったのだ。

 (※もし本記事を引用・参照される場合はコメントを頂けますと幸いです。)


『ハリウッド』予告編 - Netflix

⑴ 銀幕に避けられた表現

ヘイズ・コード

 『ハリウッド』というドラマは、当時のハリウッド映画が表現することの許されなかった、語ることの許されなかった内容を描いた物語である。それはあたかも当時のマイノリティが叶えられなかった夢を、数十年の時を経て成し遂げた鎮魂歌のようだ。

 では、当時のハリウッドはどのようなことを禁止し、2020年の『ハリウッド』はどのようなことを描いたのか?まずは当時のハリウッドの避けられた表現について述べたい。

 1920年代、映画がまだサイレント映画だった時代、ハリウッドでスキャンダルが相次いだ。世論は映画業界に対するモラルの低さを非難し、その対応策として映画業界は自主検閲機関MPPDAを設立した。しかしながら、1930年代になっても世論の避難は沈静化せず、トーキー映画(音声のある映画)になり新たに登場したギャング映画というジャンルが、より一層ハリウッドに対する非難を強めさせた。

 MPPDAは高まる世論からの攻撃から身を守るために、1930年にカトリック教徒の手によってヘイズ・コードが採用された。これは、映画で語られる内容が道徳的観点から見て、適切か、不適切か、判断される基準となった規定である。最初のうちは各映画会社が自主的に従うものであったが、1934年から強制力を伴うことになり、ヘイズ・コードで不適切と考えられた表現は語ることができなくなる。

ヘイズ・コードの内容

 ヘイズ・コードは例えば、以下の事項を用いていけないとした。

  • 性的表現(挑発的なヌード、好色のアピール、異人種間混交、性的倒錯など)
  • 薬物の違法取引

 他にも、聖職者を笑い者にしたり、国家・人種・宗教に対する悪意のある攻撃などが禁止された。

 また、ヘイズ・コードは、以下の要素などを細心の注意を払って描くよう忠告している。

  • 強盗、放火、処刑、強姦
  • 殺人の手口の描写
  • 薬物の使用
  • 初夜、男女が同じベッドに入ること、過激なキス
  • 犯罪者への同情

 他にも、教唆、手術、火器の使用などが注意を払われるべき項目として記載されている。

 また、同性愛の表現の禁止は暗黙の了解とされていたため、明文化はされなかった。

当時のハリウッド映画の描写の例

 つまり、当時のハリウッド映画は異人種間の恋愛も同性愛も語ることができず、犯罪行為の描写や性的表現も制限されていた。それゆえ、制作者たちは暗喩によって男女が肉体関係であることを示唆したり、閨を共にしたことを仄めかした。

 例えば、『陽のあたる場所』(1951)という映画がある。その中でお互いに惹かれている男女が共に家の中に入るシーンがあるのだが、入った後の彼らは描写されず、カメラはただただ窓の外の暗い夜空を映し続ける。やがて窓の外が朝になることにより、この男女がベッドを共にしたことを、制作者は伝えているのである。

⑵ 『ハリウッド』で積極的に描かれた表現

 このように、当時のハリウッド映画は性的表現を間接的に表現し、異人種間、同性間の恋愛は御法度とされた。そして、同じ時代を舞台にし、異なる時代に作られた『ハリウッド』は、それらの表現をどのように描いたか?

 そういう意味において、このドラマは第1話にして我々の度肝を抜く。主人公は1話目にして男娼になり、中年女性との情事が描かれるのだ。それだけではない。ポルノ映画館で黒人の男娼と白人のカップルが成立し、ラストシーンで主人公が売春容疑で逮捕されるのだ。また、後の回では、白人の映画監督と黒人女優の恋愛も描かれ、そこにはヘイズ・コードから自由になった銀幕の姿があった。

 そして物語は、当時弱者だった女性が制作会社の社長を、白人のゲイがプロデューサーを、黒人女性が主演を、黒人のゲイが脚本を担当した『メグ』という架空の映画の制作へ収斂していき、彼らの虐げられてきた夢と信念も『メグ』に収斂していく。

 このドラマでは、アンチ・ヘイズコードとして、当時描けなかった表現を数十年越しに描いたもしもの作品であり、当時除け者にされてきた同性愛者や黒人の願いを叶えた作品でもあるのだ。

 

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<参考>

・北野圭介『ハリウッド100年史講義』平凡社新書

・村山匡一郎編『映画史を学ぶクリティカル・ワーズ』フィルムアート社