川井書生の見聞録

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上り下りする家族 映画『パラサイト 半地下の家族』感想・考察

  2019年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール、2020年のアカデミー作品賞を受賞し、まさに映画史上の最高傑作のひとつとなったポン・ジュノ監督の『パラサイト』。大学時代に映画を2000本近く見た僕が、見てて思った監督の演出論を語っていきたいと思います。


第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編

⑴ 上に行くこと

 まずこの映画について言えることは、「この映画は3つの家族を描いている」ということである。中でも半地下の部屋に住んでいる主人公の4人家族(キム家)と、元建築家の豪邸に住んでいる寄生先の4人の家族(パク家)が対比されて描かれている。その違いが顕著に表れているのが、両家族の住まう場所である。キム家は地面のさらに下に作られた半地下の部屋で暮らし、パク家は坂を上った先に建てられた家に住んでいる。まるで黒澤明監督の『天国と地獄』のような設定である。この設定から分かるのは、両家の経済的格差が高低差によって表現されているということである。

 この映画の前半は、主人公一家(キム家)がお金持ち一家(パク家)に寄生していく過程を描いており、 キム家の作戦は悉く成功していき、4人全員がパク家に就職する。映像はその上り調子を「上る」というアクションで描いている。

 キム家の長男ギウが、家庭教師の面接を受けるためにパク家に足を運ぶシーンがある。ギウは半地下の家の外にある階段を上り、パク家の前にある坂を上り、ようやくパク家に到着する。このギウの移動をポン・ジュノは丁寧に描いており、ギウが経済的に豊かになる未来を「上る」という行動で暗示している。

 ギウの「上る」行動はまだ続く。彼は1階でパク家の奥さんと軽く会話を交わした後、娘のダヘの模擬授業をすることになる。そこでギウはダヘの部屋に向かうため2階へ上る。「上る」という行動は成功を予期させる行動であるのだから、当然ギウは家庭教師として採用される。

 その後、ギウの妹であるギジョンもダヘの弟であるダソンの家庭教師としてパク家にやって来る。彼女も模擬授業を行うのだが、その際に1階からダソンの部屋がある2階へ登っていく。そしてやはり、ギジョンも家庭教師として採用されるのである。

 キム家は半地下の家からパク家まで上り、さらに2階まで上ることで、パク家を支配することに成功する。

⑵ 下に行くこと

下るパク家側の人物達

  この映画において「下る」ことは支配されることや転落を意味している。これは「上る」という行動と反対の意味を持っている。

 劇中において最初に「下る」という行動を行うのはパク家の長女ダヘである。すでにギウのことが気になっている彼女は、ギウの連れてきたギジョンとどんな関係が気になっている様子。そのため、ギジョンとギウ達の会話を盗み聞きに、わざわざ1階へ下りてきているのだ。この時すでにダヘの頭の中はギウでいっぱいであり、ギウに支配されていると言える。

 また、「下る」という行動に近いものとして「下にある」という行動も転落を意味している。例えば、パク家から帰宅中のギジョンが、乗せてもらった車の中でパンツを脱ぐシーンである。ギジョンは脱いだパンツを助手席の「下に置く」。下に置かれたパンツはやがてパク家の主人に発見され、そのパンツをきっかけに運転手が解雇される。つまり、下に置かれたパンツは運転手にとって転落を意味する小道具だったのだ。

下るキム家

 この映画の前半はキム家の作戦成功の過程を「上る」という行動によって描いてきたが、後半はキム家の転落を「下る」という行動で描いている。それと親和性の高い「落ちること」「下にいること」という行動もまた、キム家の転落を見事に表現している。

 キム家全員がパク家に無事就職し、一家団欒の宴を空のパク家で行う。このシーンがキム家の絶頂期で最初の半地下の家に住んでいた頃とは大違いである。しかしながら、このシーンの直後からキム家の下り坂が始まるのである。それは前任の家政婦がパク家に訪問してきたことから始まる。

 前任の家政婦は地下にある物置(ワインセラー?)の裏に存在する秘密の扉を開けた。彼女はその先の階段を下り、建築家が秘密裏に作り上げていた地下室へと辿り着く。この時、キム家の母親チュンスクも一緒に階段を「下り」ていき、その後ろを家族がバレないように「下り」てくる。

 地下室では前任の家政婦の夫が、借金取りから逃げるために住みついていた。家政婦はこの夫に食事を与えてやってくださいとチュンスクに懇願する。チュンスクにとっては地下室の存在すら驚きであり、返答に困っている。この時点ではチュンスクが家政婦夫婦に対して優位に立っていた。

 しかしながら、様子を伺っていたキム家の3名が階段から「転落」し、その姿を家政婦夫婦に晒してしまう。これによって、家政婦はキム家が詐欺師であると気付き、両家族の立場が逆転する。その後、両家族は互いに争い合い、結果的に家政婦夫婦は地下室に閉じ込められてしまう。

 家政婦夫婦との争いを制したのも束の間、キム家は突如帰ってきたパク家にバレないようにその場を去らなければならなくなった。父親のギテクは秘密の地下室に隠れ、兄のギウはダヘのベッドの下に隠れ、妹のギジョンはリビングのテーブルの下に隠れる。そう、彼らは皆パク家の下に隠れるのである。その関係性はパク家の夫婦がソファーの上に寝転がる時にピークを迎える。彼らがソファーの上にいるのに対し、キム家の3名はテーブルの下に隠れているからだ。このシーンでは明白に両家の間に高低差が生まれている。

 それからキム家は転落の一途を辿る。それを示すかのように、彼らはパク家から坂をいくつも下り、ようやく半地下の我が家に辿り着く。その後、兄のギウは家政婦夫婦を殺害する計画を立て、実行に移すことに決める。決行の日、彼は2階のダヘの部屋から1階、そして地下室へと下りていく。この映画では今まで考察してきた通り、「下る」という行為が不吉なことを意味しているので、 ギウの計画が失敗に終わることを観客は悟る。そして案の定彼の計画は失敗し、逆に家政婦の夫が地上へと上っていく。「上る」という行為は吉兆を意味していたので、この男の復讐が成功するを観客は予感する。そして、観客の予感は的中しギジョンは帰らぬ人となるのだ。

 以上のように、ポン・ジュノ監督は高低差を用いることによって『パラサイト』の物語の起伏を表現しているのである。 

パラサイト 半地下の家族(字幕版)

パラサイト 半地下の家族(字幕版)

  • 発売日: 2020/06/19
  • メディア: Prime Video