川井書生の見聞録

映画評論、旅行記、週刊「人生の記録」を中心に書いています。

(前編)朝ドラ『エール』感想・考察 古山裕一と音の成長の軌跡

 今週のお題「おうち時間2021」。僕はおうち時間に映画やドラマを観ることが多く、ここ最近で朝ドラ『エール』を一気見した。コミカルでシリアスなエンターテイメント作品で、古山裕一の温かい人柄が作品全体の雰囲気を決定づけている。以下の考察では、古山裕一をはじめ様々な登場人物たちがどのような問題を抱え、どのように成長していったかを考察する。

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⑴ 1週目~6週目 裕一と音の青春

古山裕一の先生と家族


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 ドラマの序盤は昭和の大作曲家である古関裕而をモデルとした主人公・古山裕一(窪田正孝など)とその妻・音(二階堂ふみなど)の子供時代→出会い→結婚までを描いている。そのロマンチックで夢の溢れた青春時代にうっとりとした視聴者は少なくあるまい。制作者は10代の甘酸っぱい恋愛や青雲の志を描きながら、裕一や音などの登場人物の性格を巧みに描写している。

 裕一の人当たりの良い性格は間違いなく父親・古山三郎(唐沢寿明)の遺伝子を継いでいる。友人の保証人になっていた父親は突如借金を押し付けられ、お気に入りのレジスターなど多くのものを失ってしまう。また、息子の裕一を義兄の養子に出さざるを得なくなる。

 裕一は2人の人物から音楽の影響を受ける。1人は裕一の恩師・藤堂清晴(森山直太朗)。運動音痴で勉強音痴でもあった裕一の音楽的才能を見抜き、音楽の道へ後押しする先生である。裕一が運動会で転倒し惨めさを感じていた際、藤堂が咄嗟に演奏した音楽によって裕一は元気付けられる。これがきっかけとなり、裕一は音楽の魅力に気付くのだ。

 もう1人は裕一の憧れの存在である作曲家・小山田耕三(志村けん・モデル山田耕筰)。裕一は小山田の著書を読んで西洋音楽の勉強をしていた、いわば独学の裕一を育てた師匠である。また、小山田は裕一がコロンブスレコード専属作曲家になる後押しをした。

 学生時代、裕一が作曲・応募した『竹取物語』が国際コンクールで注目を浴びる。この出来事が仕事面、私生活面において裕一の状況を一変させる。これが間接的に裕一のコロンブス専属作曲家の道を切り開くことになり、後に妻になる関内音との出会いにつながる。

 関内音との文通の中で裕一の作曲姿勢が明らかになる。それは誰かのために作ることが裕一の作曲の源泉であるということだ。裕一は「あなたなしでは音楽が作れない」と音に手紙を送るし、『竹取物語』も裕一の失恋がきっかけで作曲された。かぐや姫に縁談を断られた男たちは、失恋で好きな人を失った裕一に重なったのかもしれない。

 裕一の音楽的環境を見ると順風満帆な青春時代だったかもしれない。だが、裕一はプライベート面で1つの課題を抱えることとなった。それは銀行家の後継という道を捨て、自分勝手に音楽の道を選んだ当然の結果だった。裕一の弟・小山浩二(佐久本宝など)の嫉妬や反発を買ったのだ。彼は後に役人という道を選ぶほど真面目に生きる人間である。兄の代わりに父の店を継ぐことになったりと兄には振り回される少年時代だったのかもしれない。自分勝手に生きる兄は、そんな弟にとっては正反対な存在で、羨ましくもあり妬ましくもあり理解もできなかったのかもしれない。裕一は兄弟関係という問題を抱えることになった。

 序盤において、裕一は1つの目標と1つの課題を抱えることになった。それは音楽家になるという夢と兄弟の関係である。裕一は音楽に関して身近な藤堂先生と遠い憧れの小山田先生という2人の師匠を持ち、弟の浩二とは確執がある。音楽家になるという目標は序盤で達成されたが、兄弟の確執はこの時点で解決されていない。

 また、この時期において裕一は「音か音楽か」「家業か音楽か」という選択を迫られた。だが、裕一の音楽的才能を信じる人たちが「音楽」という選択を後押しした。

関内音の先生と恋人


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 関内音は、軍人向けの馬具を制作している夫婦の3人姉妹の次女として生まれた。音の気の強い性格は母・関内光子(薬師丸ひろ子)と瓜二つで、優しい裕一の代わりにクレームを入れたり、強気な営業で契約を勝ち取ったりしている。

 音は歌手になるのが夢で、彼女にも2人の先生がいる。1人は音が憧れているオペラ歌手・双浦環(柴咲コウ・モデル三浦環)。教会で彼女の歌を聴いたのがきっかけで、音はプロの歌手になりたいと思うようになった。もう1人はミュージック・ティーチャーの御手洗清太郎(古川雄大)で、音は彼に直接歌の指導を受けている。

 音は小さい頃に学校の演劇で『竹取物語』のかぐや姫を演じた。それが理由で、『竹取物語』を作曲した裕一に興味を持った。文通を重ねるにつれ互いに惹かれるが、音は裕一との才能の違いに悩むようになる。一時期は自分との恋愛で裕一の才能を潰してしまわないよう別れを決意するが、裕一の海外留学が無くなったこともあり結婚する。

 序盤において、音は1つの目標と1つの課題を抱えた。即ち、歌手になる夢と裕一との結婚である。音は音楽に関して身近な御手洗ミュージック・ティーチャーと憧れの存在の双浦環という2人の師匠を持っているのは裕一と共通である。だが、裕一の兄弟関係が険悪なのとは反対に、父親の死を経験した関内姉妹は仲が良い。その代わり、裕一との結婚というハードルは高く、初めは自分の母親にさえも反対された。しかし、母親が音と裕一の接吻を見たことがきっかけで何とか結婚することができた。歌手になるという目標はまだ達成されていないが、裕一との結婚への課題は解決できた。

⑵ 7週目〜12週目 流行歌と古山裕一

古山裕一の好敵手と仲間、そして家族

古山裕一の好敵手・木枯正人


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 コロンブスレコードの専属作曲家になったものの、西洋音楽を勉強してきた裕一にとって流行作曲家として名を成すまでには時間がかかった。古関裕而と並び昭和の三代作曲家と評される古賀政男をモデルとした木枯正人(野田洋次郎)は、裕一とは反対に流行曲を得意とし、あっという間に『酒は泪か溜息か』などのヒット作を連発するようになり、後年には流行歌の生みの親とも言われるようになる(個人的には古山と木枯のライバル関係をもっと描いてほしかった)。

他人の為に作曲した『紺碧の空』


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 この時期の裕一最大の目標はヒット曲を作ることだった。しかし、木枯の活躍とは裏腹に、裕一はレコードを出すことすらできない状況だった。そんな裕一にチャンスが舞い込む。それは裕一の友人であり「福島三羽烏」の1人である佐藤久志(山崎育三郎・モデル伊藤久男)の従兄弟が早稲田大学の応援歌作曲の依頼をしに来たのだ。裕一はそれまで独りよがりの作曲をしていたが、応援団団長のエピソードを聞き、他人の為に曲を作るようになる。裕一は音との文通の際に「あなたなしでは曲が作れない」と言ったように、他人の為となると素晴らしい曲が出来上がる音楽家であり、この応援歌『紺碧の空』も素晴らしい出来になった(余談だが、筆者は早稲田大学出身で度々この応援歌を歌った。高田馬場のカラオケ店で合唱する人たちもいたそうだ。)。

最初のレコード『福島行進曲』


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  古山裕一と佐藤久志と同じ「福島三羽烏」の最後の1人である村野鉄男(中村蒼・モデル野村俊夫)は福島民友新聞社の記者をしていたが、裕一に誘われて『福島行進曲』の作詞を担当することになる。裕一はこの曲でようやく最初のレコードを出すことができたが、ヒットには恵まれなかった。

 この時期の古関裕而の流行歌を帝国音楽学校教授の菅原明朗は次のように評している。以下は朝ドラ『エール』の風俗考証を担当した刑部芳則の『古関裕而ー流行作曲家と激動の昭和』からの引用である。

古関が作曲した流行歌を聴いた菅原は、「デカダンスの面はないのです」「どうしても都会人になり切れない」と分析する。流行歌の要素である都会の廃頽的な音楽センスがないという。これはクラシック音楽の素養があるとの褒め言葉であり、クラシック音楽については「随分勉強しました」「古関君はその意味において惜しいと思います」

(刑部芳則著『古関裕而ー流行作曲家と激動の昭和』中公新書、2019年、43頁。※引用内の括弧は『マエストロの肖像』からの引用)

 反対に、古賀政男の流行歌はデカダンスの面があり、都会の廃頽的な音楽センスが遺憾無く発揮されており、関東大震災や世界恐慌などの暗い時代に生きる人々の琴線に触れることができた。

最初の大ヒット『船頭可愛いや』


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 裕一の目標は音楽家になることで、それ自体の目標はすでに達成されたが、この時期の課題はヒット曲を出すことであった。しかし、未だヒットには恵まれず契約打ち切りの危機に瀕していた。音の目標は歌手になることであったが、後述するように娘か夢かという選択で、音は娘を選択し、歌手になる一歩手前で夢が潰えてしまう。

 そんな夫婦の夢への距離の遠さをよく表しているシーンがある。それは50話にある。誰もいない夜の教室で、夫婦が将来の夢を語り合うシーンだ。ヒットに恵まれず、歌手にもなれず、自分たちの理想と現実のギャップに打ちのめされている夫婦の寂しさを、夜の雰囲気がよく演出している。

 しかしながら、夜が必ず明けるように、裕一の夜も明けた。裕一が作曲し双浦環が歌った『船頭可愛いや』が大ヒットを記録したのだ。この曲は日本民謡の良さを生かし、瀬戸内海をイメージして田舎節で曲をつけ、間奏には尺八を使っている。

家族問題の解決

 『船頭可愛いや』の大ヒットによって、この時期の裕一の目標は達成された。だが、裕一は解決しなければならない問題をずっと先延ばしにしていた。それは弟との確執である。

 音楽の道を優先して自分勝手に生きてきた裕一は、弟の浩二をはじめ家族を振り回してきた。裕一が音と結婚する際、浩二は兄に対して今までの不満を爆発させ、それ以来険悪な仲が続いていた。

 『船頭可愛いや』の後、裕一の父・三郎の体調が悪化する。裕一は急いで帰郷するが、父も含めた誰もが父の死期を悟る。三郎は最期に裕一に話し、家業を次男の浩二に継がせてやりたいと長男である裕一に頼む。裕一は勿論承諾し、その後、父は死の床で浩二に家業を頼むと言い残して息を引き取る。

 父は家業を浩二に継がせることによって兄弟の仲直りを画策し、家業を継ぐことになった浩二も兄に対する嫌悪感を和らげる。父の死によって、ようやく家族問題が解決したのである。

古山音の好敵手と娘


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 音は上京後、東京の音楽学校に通っていた。そこには裕一の幼馴染である佐藤久志の他、音のライバルとなる夏目千鶴子(小南満佑子)がいた。彼女らは『椿姫』の主役を巡ってオーディションで競い合い、最終的に音が主演の座を勝ち取る。

 しかし、公演に向けての稽古中に音の妊娠が発覚。舞台で歌うにはお腹の中の命を殺さなければいけなかった。音は歌手になる夢と娘の命を天秤にかけ、娘の命を選び、音楽少女の夢はまたしても遠くに離れていってしまった。

 物語の序盤から設定されていた歌手になるという夢は、まだまだ遠い。

後編はこちら↓

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<参考文献>

・刑部芳則著『古関裕而ー流行作曲家と激動の昭和』中公新書、2019年。