川井書生の見聞録

映画評論、旅行記、週刊「人生の記録」を中心に書いています。

人生2度目の就職・転職活動⑤ー中日新聞社編ー(2021年5月30日号)

 26歳になった神奈川県在住の男性の人生記録「2度目の就活編」。第5回はマスコミ業界の中でも硬派のイメージのある新聞社の体験談。名古屋など東海地方を中心に取り上げている「中日新聞」、東京の地元紙「東京新聞」などを発行しているブロック紙、中日新聞社を受けた。※人生の記録は週刊になります。毎週日曜日の19:30に投稿します。

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⑴ 「極端」

 新聞社は現役大学生の時に受けたことがなかった。僕は先日購入した創出版の『マスコミ就職読本』で、新聞社がどのような採用試験を行なっているのかを調べた。どこの会社も面接に進む前に筆記試験や作文試験を課すようである。

 2022卒の中日新聞社の試験は、コロナ禍のため適性検査と事前課題としての作文試験のみ行われた。中日新聞社の試験はC-GABというもので、これがとても難しかった。というのは、問題が難しいのではなく問題数が多いのである(TOEICのリーディング試験のように)。僕は総問題数の半分ほどまでしか解けなかったが、それでも適性検査はパスできた。速く解くよりも着実に1問1問解く方が良いのかもしれない。

 適性検査後は作文試験があった。作文試験は制限時間内に与えられたテーマに合う作文をwebページで提出するというものだった。受験者である僕としては、原稿用紙に書いた文字を消しゴムで消したり、体裁を整えることに気を遣わなくていいので楽だった。2022卒の作文試験の題は「極端」だった。以下に僕の作文を載せる。

 南アルプスの険しい山麓にある山梨県小淵沢町。樹木に囲まれた細い坂道を、白いハイエースが窮屈そうに通る。
 坂の先には丸太の壁が印象的な民宿があった。5月も下旬となり、周囲の草木が青く瑞々しい。
 宿泊客は極端に少なかった。私たちが5月で4組目の客だった。緊急事態宣言下では無理もない。私たちだってこの3ヶ月、撮影の仕事が極端に減った。
 私たち5名の撮影隊は、貸し切り状態の露天風呂に浸かった後、明日行われる研究施設の撮影の打ち合わせをした。
 食事は山菜にすき焼き。そして女将の特別な計らいでうどんも配膳された。
「こんな時期にありがとうございます」と料理を並べながら女将が言った。
 私たちと女将は食事をしながら互いの話をした。彼女は夫と民宿を経営し、夏には八ヶ岳に登山しているそうだ。私は彼女に、普段は毎月撮影の仕事があるが、今回は3ヶ月ぶりの撮影であることなどを話した。
 苦しい経営状態におかれた私たちの会社に、手を差し伸べてくれるのは長い付き合いのある企業だった。女将の民宿に顔を出してくれるのも常連客のようだった。
 いつもは満室の多い民宿を貸し切り状態で泊まった。窓の外には小淵沢の星空が広がる。万華鏡のように煌びやかだった。都会にいたら見ることのできない夜空だった。
 新型コロナウイルスの影響で仕事が極端に減った。そのため、今期はボーナスがもらえなかった。私の友人では解雇された者もいた。
 しかし、建物が減ったからこそ夜空の星々が見えるように、仕事が極端に減ったからこそ、女将の暖かいおもてなしが記憶に残っていた。パンデミックで人々の物理的な距離は離れたが、心理的な距離は縮まったのかもしれない。

 さて、この週刊「人生の記録」2度目の就活編を読んで下さっている方はお気付きだろうが、この作文は僕がマスコミ塾の講師に添削してもらった作文の改訂版である。その際指摘された箇所(「私」の背景や仕事が分からない)を改善し、「極端」というテーマに合うように微修正した。

 無事に作文試験を通過した。僕の作文能力は徐々に上がっているのかもしれない。

⑵ 中日新聞を読んでみる

 2次選考である面接に向けて、中日新聞社の記事を読むことにした。主に連載記事を読んだ。「スズキ100年物語」はスズキ100周年に向けて描かれたスズキのエピソード集だった。スズキが二輪レースに参戦するか否か迷っていた時、偶然列車で居合わせた本田宗一郎が参加を勧めたという逸話も知ることができた。

 スズキ以外の中京企業のエピソードは『時流の先へ』という本で頭に詰め込んだ。これは中日新聞社の連載を書籍化したもので、トヨタをはじめ、様々な企業の歴史が語られている。ホンダ、ヤマハ、スズキという二輪メーカーの三国志(通称HY戦争)についての連載があったり、日本初の国産車がトヨタでも他の自動車メーカーでもなくオークマが製造した「アツタ号」だったという驚きも得られた。

 僕が中日新聞社を志望する理由は企業を取材したかったからである。東海エリアは自動車メーカーを中心に大企業が多く存在しているので、そこで働く人々や経営者に取材してみたかったのだ。

⑶ 4年ぶりの対面面接

 中日新聞社の面接は対面で行われた。対面面接は実に4年ぶりである。僕はもうノックの仕方だとか、挨拶の仕方だとか、面接の作法などとっくに忘れていた。

 オンライン面接にも独特な緊張感があるが、対面面接は体と頭の中をジロジロみられているような緊張感があった。ソーシャルディスタンスを確保した席の配置も緊張に一役買っている。自分を覆い隠すものが周りに何もなく、僕はランウェイで自分を晒している気持ちになった。

 2次選考は2回にわたって個人面接が行われた。どちらも志望理由と自己PRを中心に話した。僕の場合は前職の退職理由を必ず聞かれた。硬派なイメージのある新聞業界だったが、中日新聞社の面接は緊張感があるものの、和やかな雰囲気で進んだ。

 が、落ちた。

 

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ESや面接において参考にした書籍

 企業取材を志望していた僕にとって、中日新聞社の「時流の先へ」という連載記事は、読み物としてもとても面白かった。まるで池井戸潤の小説世界を読んでいる気分になれる。