川井書生の見聞録

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ボクちゃん視点のコンゲーム! アニメ『GREAT PRETENDER』感想・考察

 2020年の大ヒットした古沢良太脚本の『コンフィデンスマンJP プリンセス編』。このシリーズはコンフィデンスマンと呼ばれる信用詐欺師の世界を扱っていますが、このシリーズ以前に古沢良太がコンフィデンスマンものを書いていたのをご存知ですか?この『GREAT PRETENDER』は、古沢良太が最初に書き上げたコンフィデンスマンものであり、「コンフィデンスマンJP」を彷彿する箇所が沢山ありました。


TVアニメ「GREAT PRETENDER」(グレートプリテンダー)ティザーPV

⑴ 古沢作品における登場人物の役割

「コンフィデンスマンJP」との共通する点

 「コンフィデンスマンJP」シリーズと共通する点は、双方とも詐欺師を扱った物語であることの他に、主要4名の役割が同じということです。「コンフィデンスマンJP」では、主人公のダー子(長澤まさみ)は詐欺グループのリーダー格であり知能を武器としており、時には味方のボクちゃん(東出昌大)も騙すなど手段を問わない。テンションが上がると早口になり、相棒のボクちゃんを馬鹿にしたりと、性格の悪さが際立つようになる。

 ボクちゃんは詐欺師ではあるのだが、普通の美大生に一本取られるなどお人好しである。そのため、しばしば詐欺のターゲットの返り討ちにあうなど知性には欠けている。その一方で、暴走するダー子を諌めようとしたり、ターゲットに同情したりする良心を持ち、その良心はダー子にも信頼されている(ダー子はその良心も利用して詐欺を働くのだが)。「コンフィデンスマンJP」ではこの二人が知性と良心を補い合っているのだ。

 彼らにはもう二人サポートメンバーがおり、一人はリチャード(小日向文世)。彼はダー子やボクちゃんのサポート役である。もう一人は五十嵐(小手伸也)。彼はダー子の懐刀として切り込み隊長として一足先に隠密行為をしていたりと、スパイのような役割を持っている。

(↓以下記事では、「コンフィデンスマンJP」シリーズと「リーガル・ハイ」シリーズのキャラクターを比較検討している。)

kawai-no-kenbunroku.com

  この4名の役割はそのまま『GREAT PRETENDER』にも当てはまる。ローラン(諏訪部順一)はダー子さながらの知性とリーダーシップ、そして性格の悪さも持っている。ダー子とは違ってエダマメ(小林千晃)の良心を利用することはないが、彼の良心の暴走を計算に入れて計画を立てている。

 エダマメはボクちゃんと同様、好青年な外見を裏切らない良心を持っており、その良心故にしばしば暴走する。そのため、ローランからは計画の全容を教えてもらえずしばしば仲間から騙される。それはまるでダー子に騙されるボクちゃんのようだ。

 アビー(藤原夏海)は軽快なスパイといったキャラクターで、五十嵐に役割が近い。ただ、彼女は五十嵐と違いコミカルは担当しないので(このアニメのコミカル担当はエダマメ)、「リーガル・ハイ」の加賀蘭丸(田口淳之介)の方が近いのかもしれない。

 シンシア(園崎未恵)はローランのサポートメンバーというポジションで、リチャードに最も近い。だが、ダー子の女性的魅力のなさをシンシアも持っている(ハニートラップがターゲットに通用しない)。

 「リーガル・ハイ」もそうなのだが、古沢良太作品の主要人物は毎回上記のような役割・性格が与えられているのである。そして、エダマメやボクちゃんの良心が物語を引っ張っていくのである。

「コンフィデンスマンJP」と異なる点

 このアニメが「コンフィデンスマンJP」シリーズと異なる点は大きく2つ。1つは誰の視点で描かれるか?である。「コンフィデンスマンJP」は基本的にお魚を持ってきて、計画を立案するダー子の視点で物語が進んでいく。そして時々、観客を騙すためにダー子からボクちゃんへ視点が移り、ボクちゃんの視点でストーリーが進んでいく。主要4人のコンフィデンスマンの関係性が描かれることはなく、彼らとターゲット、あるいは他のコンフィデンスマンとの関係性が描かれる。

 一方、『GREAT PRETENDER』は基本的にエダマメの視点で物語が進み、それと並行して過去が掘り下げられているキャラクターの視点も描かれる。そのため、掘り下げられているキャラクターを軸に、エダマメとそのキャラクターの関係性、そのキャラクターとターゲットとの関係性が描かれるのである。そのような意味でエダマメという主人公は、他のコンフィデンスマンの感情を揺さぶり、その人と自分の人生を変えていくので、ちゃんと主人公をしていると言えよう。

 2つ目の異なる点は、過去を掘り下げる点にある。「コンフィデンスマンJP」シリーズは主要人物の過去を掘り下げないため、ミステリアスなキャラクターになっている一方で、人間臭さがない。そのため映画シリーズでは、主要人物を掘り下げる代わりに、新しいコンフィデンスマンを迎え、そのキャラクターを掘り下げたり変化させたりしているのだ。一方、『GREAT PRETENDER』は過去を掘り下げているため、どの登場人物も感情を露わにしたり、考え方が変わったりする。どちらの方が良いのかは観客次第だが、執筆者は後者の方が好みだ。

 古沢良太作品で同じ信用詐欺師の世界を舞台とした「コンフィデンスマンJP」シリーズと『GREAT PRETENDER』。どちらも登場人物の持つ役割は同じだが、① 誰の視点で物語が語られているか、② 登場人物が掘り下げられているか否か、この点において大きく異なっている。

⑵ おまけ ーフレディ・マーキュリーの「GREAT PRETENDER」ー

  pretenderは「振りをする人」という意味である。その意味は信用詐欺師という誰かの振りをする人たちにぴったりなわけだが、それと同時にマーキュリーがカヴァーしたこの曲は、本当の自分をさらけ出せない孤独をも歌っている。演じるがゆえに本当の自分を伝えられない寂しさ。それは『ボヘミアン・ラプソディ』で描かれたマーキュリー自身にも重なるところがあったのだろう。


Freddie Mercury - The Great Pretender (Official Video Remastered)

 

Great Pretender

Great Pretender